簡単にデッカ・オーディション・テープの歴史を辿ると、1973年に初めてCBMレーベルがL.S. BUMBLE BEEというタイトルで初めてこの音源からの「LOVE OF THE LOVED」を世に出したことに端を発する。しかし音質が悪く、現在に近い形で聴くことができるようになったのは1978年にアメリカのファンクラブが制作したDECCAGONEシングル・シリーズまで待たねばならなかった。これは現在でもベスト・クオリティとされている音源で、美しいカラースリーヴのカラー盤シングル盤が7枚と、後にノン・レーベルで片面シングルをリリースし、今に伝わる全15曲が揃ったのである。当然というか、このDECCAGONEシングル15曲をテープ音源よりまとめたLPもリリースされたが、擬似ステレオ化することによってマスターがジェネレーション・ダウンしたため音質はオリジナル・シングルよりもやや劣るものであった。
■MULTIBAND REMASTER STEREO 今回の目玉は、好評マルチバンド・リマスターによる収録である。これまで平坦な音像であったデッカが、非常にクリアかつ広がりあるステレオで収録されている。埋もれていた音までもクリアに際立たせ、これまでにない高音質となっている。特に「Besame Mucho」においては、メインボーカルのポールとは別に、これまでほとんど聞こえなかったジョンとジョージの二人のコーラスが、レフトから鮮明に聞こえる事に驚かれるだろう。また後述のように全演奏曲中「Take Good Care Of My Baby」「Till There Was You」「Crying, Waiting, Hoping」「To Know Her Is To Love Her」「Besame Mucho」の5曲でベースがオフになっていたが、本作ではそれらもポールのベースがしっかりと収録されているのが特徴である。また微細な点であるが「Money」も冒頭からキチンと収録されている。
■JOE POPE'S DECCAGONE STEREO VERSION & SINGLE MASTERS ディスク1の後半とディスク2の前半は、デッカゴーン・バージョンが収録されている。マニアの間ではCD化の現代でもアナログ時代のDECCAGONEのシングルが音質的に最も優れていると評価されているが、ここではそのDECCAGONEのマスターより直接の収録をしている。まず異なるのは曲順である。DECCAGONEのシングルがリリース順とも異なるもので、この並びが実際のセッションでの演奏順とされているものである。
プレイ中にポールのベースの音量が徐々に上げられたようで「September In The Rain」でベースがややオーバーロード気味に録音されたため、プレイバック後の再開分7曲目から11曲目ではベースのフェーダーが下げられたため、今度はベースがほとんどオフになってしまうというハプニングに見舞われている。再度ブレイクした後の12曲目以降ではセッション中ベストのバランスで楽曲が録音されている。限られた時間の中でのセッションだったため、ベースがオフで収録されてしまった楽曲のリテイクは認められなかったようだ。
今回のJOE POPE MASTERの収録にあたり本作を聴いていただければ明らかだが、各曲のエンディングがYD盤CD等で聞けるものと異なりフェイドアウトではなく、すべてカット・アウトとなっている。これはマスター・テープをそのまま漏れなく収録するという意図のみならず、ドキュメントとして当日の様子を垣間見れる貴重な部分であるとの判断である。例を挙げると、「To Know Her Is To Love Her」ではエンディングで弾くギターのオブリガードが最後まで聴けたり、「Sure To Fall」ではエンディングのドン!というドラムの音がはっきり聴こえたり、「Love Of The Loved」ではピート・ベストがエンディング直後にスティックを床に落とす音、「Hello Little Girl」では演奏後にメンバーがふざけている声もはっきり聴き取れる。音質も現在入手できるデッカ・オーディション15曲版としては最良の音質で、DECCAGONEシングルオリジナル盤でおなじみのクリスタルクリアーな高音、地を這うような重厚な低音域まで見事に再現されている。ちなみにアンソロジー1に収録されているデッカ音源5曲もこのジェネレーションのマスターよりEQ加工/リマスタリング収録されたものである。
■CIRCUIT RECORD LP MASTER 後半15曲は「デッカはやはり聞き慣れた名盤THE DECCA TAPESの曲順で聴きたい」という方のために「CIRCUIT RECORD LP MASTER」が収録されている。ポールの「LIKE DREAMERS DO」から始まる古くから定番とされていた曲順で、こちらの曲順の方に馴染みがある方も多いと思う。前半のJOE POPE MASTERの並べ替えだけでなく、こちらのCIRCUIT盤LPの曲順に収録された後半は、YD盤CDのマスターとなった、擬似ステレオに振られたアナログ・テープを丁寧にフォールドダウンし、ヨレ、イタミを徹底的にクリーニングしたものである。ジェネレーション的には前半部よりやや落ちるが、こちらの音はこちらの音でマニアにとってはYD盤で長年聴き慣れた音質であり、もちろん早かったテープスピードも実際の演奏のスピードにかっちりレストアされており、前半のナチュラルな音質のJOE POPE MASTERと比較して、こちらはやや高音寄りの硬めの音作りがなされた若向けの音質と言えるのかも知れない。